お知らせ

溺れる時の話②

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もうダメかと思ったその時、娘の声が聞こえました。

「お父さん、大丈夫?」

浮き輪に乗った娘が、不安そうに聞きます。

 

このまま沈んでしまったら娘に一生残るトラウマを植え付けてしまう。それだけは絶対あかん!

「大丈夫!!」

必死で力を振り絞って答え気力だけで岸へと進もうとします。でも体力なんか残って無いので全然進みません。

足が付くあたりまであと数メートルですが、途方もなく遠く感じました。

娘はずっと心配そうな顔でこちらをみています。絶対沈むわけにはいかない。

すると偶然、浮き輪に乗った女の子が近くを通りかかり(?)ました。

「ちょっとごめん、つかまらせて!」

女の子はびっくりしていましたが(笑)、なんとか浮き輪2つの浮力で岸にたどり着きました。

 

妻はその時、岸辺で一部始終を見ていたのですが、溺れかけた話をしたところ

「全然気づかなかった」と言っていました。

普通に、静かに遊んでるなという程度にしか思わなかったそうです。

ましてや溺れかけているなど思わなかったと。

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この経験からお伝えできることは

 

①溺れる時は静かに溺れる

昔のマンガやドラマで見た「溺れる」と言えば

「手足をバシャバシャ、もがいて暴れる」というイメージがありましたが、実際私が経験したものは

「呼吸が急に苦しくなって、静かに沈んでいく」というものでした。

想像とは全く真逆でした。

 

②疲労の蓄積を侮らない

35℃を超える気温でしたが、水温はそこまで高くなく、しばらく海に入っていたり、陸上と同じ調子で運動すると思いのほか体力を奪われます。

まして普段から鍛えているわけでもなく、疲れが慢性的に蓄積している状態。一気に筋肉や心臓に負担がかかって不具合を起こしてもおかしく無い状態です。

 

③監視する時は表情が見える状態で

ずっと我々(娘?)を見ていたはずの妻が、全く気づきませんでした。

砂浜で40〜50メートルほど離れていたので、表情までは見えなかったそうです。「普通に泳いで遊んでるな」くらいにしか思ってなかった、と。

小さいお子さんはもちろん、ある程度体力や判断力がある年齢でも、周りの人は「表情がわかる距離」で見守るのがいいと思います。

 

④「死にたくない」ではなく「死ぬわけにはいかない」

不思議なことですが、その時命をつなぎとめることができたのは、

「死にたくない。生きたい」という希望ではなく、

「この子の為に、今ここでこんな死に方はできない」

という強い想いでした。娘もおらず一人で同じ状態であったら、もしかしたらそこまでの力は出なかったかもしれません。近くを浮き輪に乗った子が通りかかってくれることもなかったかもしれません。

あの時は分からなかった意味が、今は少しわかる気がします。本当に感謝です。

 

以上です。参考になるかどうかわかりませんが、一つの経験談としてお読み下さい。ありがとうございます。